「外国の匂いがする。」
留学直後、日本に帰国した私のスーツケースを開けた時、
家族に言われたことばを覚えている。
私は、大学在学中の1年間、イギリスに交換留学をしていた。
1年間の留学を通じて、確かに英語は話せるように少しは上達した気はするし、
現地の友人や日本人の友人と一緒に旅行や部活を通じて、海外の空気を味わうことができたと思う。
そうは言っても、帰国した私は空港から電車で駅のホームへ降りて、一度人混みの中に紛れてしまうと、何の変哲もない日本人にまた戻り、留学前と大して変わっていない日常を過ごし始めるのだろうとも思っていた。
そう思っていた矢先、家族にかけられたのが冒頭のことば。
「外国の匂いがする。」
ちょっぴり嬉しかった。
一年だけの留学だったが、確かに自分はそこに住んでいたのだという証し(あかし)だと思えた。
外国に住むと外国の匂いがする。
留学先では、決して楽しい思いばかりした訳ではなかった。
高校まで一度も日本を出たことがなかった私。
人より少し得意かも?と思っていた英語なんて、イギリスの現地学生に囲まれると全く通用しない。
発音を直さないと。
留学先でまず始めにしたことは、BBC(イギリス国営放送)のドラマを字幕で見て、ひたすらそれを真似して声に出すことだった。
発音が間違っていたところは、何度も何度も繰り返し練習した。
1年経てばそれなりにマシにはなったけど、それでも決して華々しい留学生活ではなかったし、一体留学して何か身に付けることが出来たのだろうかという不安の気持ちもありつつ、日本に帰国した。
だからこそ、外国の匂いがすると言われた時、ちょっぴり嬉しかったのだと思う。
多分、ことばをかけてくれた家族は、スーツケースに入れた服や持ち物にまだ残っていたであろう、私が留学先で使っていた洗剤の匂いを指して、「外国の匂い」と言ったのだろう。
でも、それで十分だった。
匂いって、目には見えないもので、形のないものだけど、
気がつかない内に、自分もその場所の一員として認めてもらえたような気持ちだったから。
それから少し時間が経ち、私は都内から逗子に引っ越した。
この記事を書いている3月時点では、逗子に移住して、既に1年と数ヶ月が経っている。
果たして、今の私は「逗子の匂い」がする自分になれているのだろうか。
いや、それにはもう少し時間がかかるだろう。