はじめに

2027年8月。
長かったインド駐在の2年間を終え、私は日本の本社に帰任することとなった。
日本での生活、とりわけ社会人になって以降の2年間は、意外なほど短く感じる。あっという間だったと振り返る人も多いだろう。ただ、インドで過ごした2年間は、正直、長くて苦しいと感じる瞬間が何度もあった。
朝早く家を出ないと、ラッシュアワーの渋滞に巻き込まれ、通常なら20分で着くはずのオフィスまで1時間かかることもある。通勤中、車窓の外を眺めると、バスやタクシーを待つ人の行列。ビニールシートでできたスラム街の屋根の下、野良犬の間をぬって登校する子どもとそれを見送る親の姿がある。
オフィスでの仕事を終えて帰宅すると、マンションのエレベーターが止まり、閉じ込められるのではという恐怖に襲われたこともある(幸い、数分後には無事動き出した)。ホテルの朝食でお腹を壊し、カフェで買ったサンドイッチでまたお腹を壊し、オフィスのトイレで悶絶したことも…いま思えば、全部がいい思い出だ。ストレスで白髪が増えていた自分に気づいた時は、さすがにショックだった。
そんな2年間を終えて、同僚たちに見送られながら日本に戻り、しばらく経ったある日、私は気づく。あの喧騒や車のクラクションの音が、妙に懐かしく感じられるようになっていた。次にインドに行けるのはいつだろうか…。そんなことをぼんやりと考えながら、私のインド駐在生活は静かに幕を閉じた。
——と、ここまで書きましたが、実はこのブログを書いているのは2025年7月。つまり、これはこれからインド駐在を始め、2年後に駐在生活を終える「未来の自分」を想像して綴ってみた文章です。
実際には、2年の予定が3年に延びるかもしれないし、逆に1年で帰ることになるかもしれません。そんな不確かな未来を前に、私はこのブログを始めることにしました。
このブログでは、私がインド駐在員として過ごす日々、そしてその前に経験した約半年間の長期出張の思い出を振り返りながら、綴っていきたいと思います。インドでの何気ない日常、ふとした気づき、日本の味「お雑煮」が恋しくなる瞬間や、チャイの香りにほっとする午後…。和とインドが交差する暮らしの中で感じたことを、できるだけ素直に書いていくつもりです。
これからインドに渡る方や、異文化の暮らしに関心のある方にとって、少しでも参考になれば嬉しいです。
話が前後したり、読みづらいところもあるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ幸いです。
それでは、第一回は、私が今暮らしている街――ムンバイについてお話ししようと思います。